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世界王者前夜と日本

前回(現在、過去、未来俺が最高の男だ!!)からの続きです。

ハート・ファンデーションが「レッスルマニア7」でナスティ・ボーイズに敗れ
ヒットマンがシングルプレイヤーに転向するその約1年前、
実はある大きな大会でヒットマンがシングルマッチに出場しています。

まだハート・ファンデーションとして活動していたので、
何故このシングルマッチが組まれたのか不思議なのですが、やはりあの試合があったからなのか・・・?

そのある大会とは・・・、
・・・そう、あの日米レスリングサミットでございます!!

第4試合に組まれたその試合カードは・・・、
ブレット・ハートVSタイガーマスク!!

90年代を代表する日米のスーパースター、
ヒットマン三沢光晴が90年に東京ドームで顔を合わせていたんですねぇ~!!

こちらは予告動画


もう29年も前なのね・・・。

ヒットマン三沢タイガーの動画、探したんだけどなかった・・・残念!

妄想ですが、このカードが組まれたのは、新日での初代タイガーVSブレットの試合があったからなんじゃないかな?と。
まだタッグ屋だったんだからハート・ファンデーションVSタイガー&仲野だってよかったと思うのですが、
東京ドームという大会場で三沢タイガーにシングルを経験させたかった馬場さんが
ビンスにその意向を伝えた結果、初代タイガーとの試合を知っていて、しかも試合のできるヒットマンを推してきたんじゃないか・・・
とか考えてしまいます。
意外とヒットマン自体が二代目タイガーに興味があってシングルを望んだとかね。
(こういう妄想楽しい・・・💔)

結果は20分の時間切れドロー。
順当な結果ですね。

しかし、後に天龍退団&ジャンボ戦線離脱後の全日本マットを
三冠王者として牽引し、超世代軍のリーダーとして活躍した三沢と、
ホーガン退団後のニューヨークマットを
世界王者として牽引し、ニュージェネレーション・リーダーとして活躍したヒットマンって
本っ当~に立場が似ていますな!
超世代とニュージェネレーションという名前も近いし、
身体が大きくない分、ハードヒットとプロレス頭で戦っていたところも親和性が高いように感じます。
(因みに二人のライバル関係にあった”後輩”川田とショーンは、若手時代(川田の海外修業時代)のライバルだったという因縁もあったりで本当に面白い!) さて、
「レッスルマニア7」を最後にハート・ファンデーションはコンビ解消となったのですが、
実はそれはアメリカ国内の話でして、
「レッスルマニア7」から約1週間後にハート・ファンデーションが復活します。
なんとここ日本で!

そう、1991年に行われた レッスルフェスト in 東京ドームです!!

当時はメインのホーガン&天龍VSウォリアーズ
SWS初登場の船木VS佐野に注目が集まっていました。

がっ!!

オラはハート・ファンデーションにも注目しておりました!!

何故ならば・・・

対戦相手がザ・ロッカーズだったから!!

WWF(当時)では何度も組まれたこのカード!
この2チームの試合なら間違いない!と確信しておりました!


この大会はWOWOWで放送されましたので、友人に録画をお願いしまして、
ワクワクしながら連絡を待ったのですが、残念ながらメインしか録れなかったとの事(天候が理由だったかな?)

…何故だっ⁉(怒)

その後どこかで観た記憶があるのですが、どこでだか忘れてしまいました。
アメリカ直輸入で予想通りの好試合だった記憶があります。

このレッスルフェスト91なのですが、記事作成中にすべての動画が消されてました。

何故だっ!?


多分このレッスルフェスト91が
オリジナル ハート・ファンデーションのラストマッチだったと思われます!
(多分ね。レッスルマニア7~レッスルフェスト91の間が1週間。その間に試合があったのかは調べられませんでした!)


そしてその翌日に行われたのが、

SWS レッスルドリーム91 in 神戸です!

・・・日本のプロレス史上、多くの問題を残したこの大会。
実はヒットマン ブレット・ハートも参戦していたのです!

前日にハート・ファンデーションとしてロッカーズを下したヒットマンはこの日、シングルマッチに登場しております。

・・・という事は・・・
ヒットマンがシングルプレイヤーとしてスタートを切ったのは、
ここ日本からだったのです!!

(これも多分ね)

この神戸大会、
鈴木みのる対アポロ菅原を語るのもいいでしょう。
北尾の八百長発言を語るのもいいでしょう。

ですが!!

この神戸大会はヒットマンがシングルプレイヤーとして
偉大な足跡を残す事になるその第一歩となった大会だったのです!!

注目の対戦相手は、
ジョージ・高野!!
まぁ当時のSWSならジョージしかいなかったんでしょうね・・・。
約1年前に日本で三沢タイガーと20分時間切れを戦ったヒットマンが、今度はジョージとどんな戦いを見せたのか?

こちらです!


三沢タイガー戦もロッカーズ戦も動画が残ってなかったので、こちらもいつ消されてしまうかわかりません・・・。
しかしやっぱりヒットマンはいいですね。
最後はジョージに華を持たせた格好になりましたが、
いいファイトだったと思います。

ヒットマンはこの後
「サマースラム91」でMr.パーフェクト カート・ヘニングを破り
インタコンチネンタルヘビー級選手権を獲得します。
そして91年をインタコンチ王者のまま終えることとなります。

そして翌92年はいよいよ世界王座に手を伸ばすこととなります!



今回はそんなヒットマンスーパースター前夜
、それも日本での試合を振り返るのがテーマでした。

なのでここら辺で終わらせようと思っていましたが、
書いていくうちにもう一試合どうしても触れたい試合が出てきました。
ちょっと流れに沿わなかったので最後にその試合に触れて終わらせたいと思います。


・初代タイガーとのWWF(当時)ジュニア王座戦
・日米レスリングサミットでの三沢タイガー
・レッスルフェストでショーンをフォールしたザ・ロッカーズ
・いろいろあったSWS神戸大会でのジョージ高野

と並ぶ試合。

それはやはり、80年北九州にて行われた
木村健吾とのNWAインターナショナルジュニア王座決定戦ではないでしょうか!


残念ながら試合は木村に敗れた初来日のブレット。
94年に行われたインタビューでは
「初めて日本に行った時はキムラとずいぶんやった」
と語っていました。

やはり試合動画は残っていませんでしたね・・・。
観たかった・・・。

結果的に三沢タイガー以外との試合は全て敗れているヒットマン
特に木村健吾、ジョージ高野に敗れている事実は
後のヒットマンに影を落としたかもしれません。

それは何故か?
WWF(当時)では飛ぶ鳥を落とす勢いにあったヒットマン
そんな敗戦の影響なんか受けてるわけないと思いがちですが・・・

次回に続きます!
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