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ロックの日に思ふ

さぁ、いよいよ待ちに待った
射守矢雄と平松学
の登場です!
2018-06-09.png


・・・と、その前にー、
ちょっと思い出話をしたいと思います。


あれは今からちょうど30年前のことでした・・・。


ファファファファファ~~~~~ン



高校に入学したての頃の事です。

最初に仲良くなった友人が
ハードコアパンク野郎
だったのです!

その友人はとにかくバンドがやりたかったのでしょうね。
当時はバンドブームで、誰も彼もがバンドを組んでいた時代。
月一、二回ほど誰かしらライブをやっていたものです。

ただ、そのほとんどは皆コピーバンドでした。
最後の曲は必ずと言っていいほどZIGGYの「グロリア」。
一回のライブで4~5バンドが出ますので、
一日に何度も「グロリア」を聴かされるわけです・・・。
そういえば、譜面を見ながらしゃがみ込んでギター弾いていた奴もいましたな(^^;)

しかし、その友人はそれらのバンドキッズとは一線を画していました。
中学時代で既にブルハやXを「卒業」していて、
札幌で活動するインディーズバンドに影響を受けておりました。

当時の札幌インディシーンは、
bloodthirsty butchers、eastern youth、怒髪天、SLANG、ペケペケエントロピーズ、フリークス
などのハードコアパンクバンドが集結しておりました。
イースタンや怒髪天は現在全国区で知名度も評価も高いですよね!
SLANGも現役で札幌中心で活動されてるし、なかなか凄いメンツが揃っていた時代です!


オラはその時初めてブッチャーズを知ったのでした!
最初名前を聞いた時は、
「ブッチャーって、あのブッチャー?アブドーラの事?まんまな名前だなぁ~」
なんて思ってしまいましたが、
どうやら
「血に飢えた断末魔」
と言う映画の原題から名前を採ったようです。wiki 参照


友人はギターの弾けるE君、そしてオラに声を掛けてきました。
オラは楽器が弾けないのでヴォーカルを頼まれ、
もう一人、ドラム未経験のK君を引き込みバンドを作りました。

早速自転車で30~40分かけて街まで行き、
質屋でドラムセットを購入!
K君宅のアパートに搬入しました!

・・・今考えるとK君の親、迷惑だったろうなぁ~。
ある日家帰ったら突然ドラムセット置いてあったらビビるわな^^;
(しかしあの時、誰が金出したんだろう?覚えてない・・・。)

「バンド名も決めよう!」
という事になり、
悩んでいた友人。
「なんかいいプロレス技ない?」
オラがプロレスファンだという事を知っていた友人はそう聞いてきました。
オラはその時どうしてかわからないのですが、瞬発的に、
トぺ。」
と答えていました。

「それいいじゃん!」
思いの外気に入ってくれた友人。

…という事で、
バンド名は
「トペ・スイシーダーズ」に決定!

日本語に直訳すると
「自殺飛行者たち」
になるので、
今考えるとハードコアバンドにはピッタリな名前でしたな。

しかし、このバンドは一度も活動することなく終了する事となります。

E君は全く姿を現さず、
K君は全くドラムを叩かず(アパートだから近所迷惑になるもんね)、
オラは全く歌詞を書かない。

ハードコアならコピーじゃなくオリジナルがいいと言ったオラに対し、友人は5曲作曲してきました(当時高1で!本当にバンドやりたかったんでしょうねぇ〜)!
その中の一曲だけ作詞を頼まれたのです。
…が、全英語詞でお願いされたのですよ。
「無理!」(1曲だけなのに…)。
オラは辞書を前に固まっておりました。

K君宅に集まった時、相変わらず何もしないオラたちに、
友人は怒りのオーラを滲ませながら、無言でその場を立ち去り帰っていきました・・・。

それからはあまり一緒に行動をとらなくなりました。
オラは申し訳ない気持ちもありましたが、バンドに対する温度差がかなり開いていたので(そもそもオラはこの時点でバンドに興味がなかったのです)、そのままの状態でおりました。

そして高校一年が終わり、クラス替えが行われその友人とは違うクラスとなってしまいました。

しかしその後、違うクラスでメンバーを集めた友人に、
「今回だけヴォーカルやってくれない?」
と頼まれました。

友人に引け目もあったオラは引き受けたのですが、
凄く難しかった!
スタジオに練習に行くと、
「まだ歌ってるなぁ~、もうちょっと叫んでみて。」

・・・オラが当時聴いていた音楽は米米CLUB
そんなオラにとって、
ハードコアパンクは非常に厳しかったです・・・。

ライブ当日、
対バンは同級生のお友達同士で和気あいあいというのではなく、
当時札幌のインディシーンでバリバリ活動していた
サタニック・ヘル・スローターと言う
名前だけ聞いても恐ろしいバンドでした^^(確かね)
ある程度お客さんもついていたバンドでしたので、そんなお客さんが観てる中、一発目で出る事のプレッシャー…。
お客さんの大半が同級生で、知ってる曲をコピーして盛り上がるという環境とはワケが違います!

友人に渡された衣装、
「食の祭典」
と書かれたTシャツを着て、

もうどうにでもなれ!の心境で叫んだのを覚えております(^^;)



・・・なんか30年前の事なのに結構覚えてるものですね。


オラのハードコアバンド体験はその時一回だけでしたが、その後も友人は音楽活動を続けました。

高校卒業後は東京に行ったらしいと言う噂も耳にしました。


そして・・・



その友人こそが・・・



平松学なのです!!

かつて高校時代、ライブハウスに連れて行かれ一緒にブッチャーズを観ていた友人が平松学。
そのブッチャーズのベーシストだったのが射守矢雄さん。

そんな二人が現在一緒にユニットを組んで東京で活動している・・・

そして今回札幌にやって来てライブをすると言う・・・

そんなもん観に行かないわけにはいかんでしょっ!

入場口でチケット渡すときに聞かれました。

「今日は誰を見に来ましたか?」

「平松学です。」
そう、即答してしまいました^^


長くなってしまったので
続く!
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テーマ : LIVE、イベント - ジャンル : 音楽

コメント

おおーーー!!

素敵なエピソード来たっこれ!

バンドブームの真っ只中で育った私たちはプロレス多団体時代と一緒で様々なジャンルの音楽をいっぺんに叩きこまれて、それぞれの心の中で淘汰させられて…結局今聴いてるものも当時の延長なんですよね。

オチに行くまでの段階で鳥肌立たせながら読みました! 次も楽しみっ!!

Re: おおーーー!!

レガさん、コメントありがとうございます!

> 素敵なエピソード来たっこれ!

あはは、ありがとうございます!

> バンドブームの真っ只中で育った私たちはプロレス多団体時代と一緒で様々なジャンルの音楽をいっぺんに叩きこまれて、それぞれの心の中で淘汰させられて…結局今聴いてるものも当時の延長なんですよね。

そうなんですよね。
演歌からアイドル、アニソンや特撮ソング、プロレステーマから映画主題歌、
そしてロック、ポップス、ハードロック、パンク、メタル、ハードコア・・・などなど。

プロレスで言えば、テクニカルなメタルはUWFを彷彿とさせますし、技術より感情を爆発させるハードコアは大仁田を思い起こさせます。

そして聴く音楽はやっぱりあんま変わってないんですよねぇ~。

> オチに行くまでの段階で鳥肌立たせながら読みました! 次も楽しみっ!!

ありがとうございます!
音楽評は得意じゃないので、どうしても思い出話の方が多くなってしまいますが・・・

もう少々お待ちくださいませ!


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80年代のお笑い、プロレス、音楽、漫画に影響を受けすぎてます・・・。

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