FC2ブログ

お別れ!平成ヒットパレード!!

今日で平成が終わりますね。

どちらかと言えば元号なんかもういらないんじゃね?派なんですが、
別に元号に嫌悪感はないです。

ただ元号が変わるだけという事務的な事に対して、
バカみたいに大騒ぎして大切なものから目を背けてしまう事には
違和感を覚えますけど。
あ、それをビジネスチャンスに変えようとする商魂とは別にしてね。

最近よくTVで流れる平成のヒット曲。

思い入れのある曲なんかほとんどありませんでした!

思えば、ワタクシは平成から所謂メジャーと呼ばれるものとお別れしたのかもしれません。

というわけで、
今回はオラだけの平成ヒットパレードをやってみます!

・平成元年










・平成二年












平成三年










・平成四年






・平成五年







続きを読む »

スポンサーサイト



テーマ : 邦楽 - ジャンル : 音楽

ヒットマンのチャンピオンロード

地獄の連戦ツアーを終えて本国アメリカに帰って来たWWF(当時)一行。

まずは6月のPPV「KING OF THE RING」が開催されました。
この時ヒットマンのWWF(当時)王座に挑戦したのが、
当時インタコンチネンタル王者だった
ビッグ・ダディ・クールディ-ゼルでした!
後にnWoを結成し、WWF(当時)を崩壊寸前にまで追い込んだ
ケビン・ナッシュその人です!

King Of The Ring 94

この時のナッシュはタイトルホルダーの上、身長は2m11cm、馬場さんをしのぐその体躯は存在感こそ抜群でしたが、
レスリング自体は単調で、当時スキルが最優先されたNYマットで世界王座を奪うほどの力量はありませんでした。

反則負けで王座防衛に成功したヒットマンは、
続くサマースラムで実弟オーエンの挑戦を受けます。
前年のサバイバーシリーズ、レッスルマニア10からずっと抗争を続けてきた決着戦!
それはケージマッチで行われました。



まさに天才同士の白熱した兄弟対決!
オラはヒットマンがオーエンのシャープシューターを、
シャープシューターで切り返したシーンに衝撃を受けましたね!
ヒットマンにとって本当に”難敵”だったのではないでしょうか。

次に迎えた挑戦者はナント!
ミスター”ボブ・バックランドでした!!

続きを読む »

テーマ : プロレス - ジャンル : スポーツ

🎶ある日 通勤路〜

熊さんが現れたようです…。
超ド近所!
ちょうど出張中だったから出会ってはないけど、時間帯考えると普段通りだったら遭遇していた可能性高いやん…。

テーマ : 最近の出来事 - ジャンル : 日記

ヒットマン一座の来日公演

レッスルマニア10を終えたWWF(当時)は、6月のPPV「キング・オブ・ザ・リング」まで大きな大会はありませんでした。

そんな繋ぎともいえる期間にツアーに出発します。
4.23から”死の14連戦”と言われた
「レッスルマニア・リベンジツアー」です!

そしてそのうちの一環だったのが

そう、「WWF(当時) マニア・ツアー」です!

遂にWWF(当時)が単独で日本上陸することとなったのです。

どういういきさつだったのかは不明ですが、主催はキョードー東京。

WWF(当時)サイドは、プロレス黄金郷と言われた日本での興行なら、
「目をつぶっていてもソールドアウトになる!」
と自信を見せていたそうです(そもそも「日米レスリングサミット」も単独で開催する予定で、
ホーガンVSサベージなら東京ドームを埋められる」
と本気で考えていたようで・・・)。

キョードー東京サイドは、ビッグネームの海外アーティストを呼ぶような感覚でいたそうです。
確かにそんな考えなら、ノーTV、ノーパブリシティでも動員できると思ってしまうかもしれません。

しかし当時の日本のプロレスファンは、WWF(当時)を一段下に観ておりました。
日本で発売されていたホーガン時代のWWF(当時)のビデオを観たって,
大味の試合しかしてない、演出に凝り過ぎで中身がない、殴る、蹴るだけの木偶の棒ばかり・・・

そんな印象を持ったファンはかなり多かったはずです。

ヒットマンが主役になった時にはホーガン不在で、
WWF(当時)ビデオを観てる人間は一段と減っていたと思われます。

オラは北海道ローカルの深夜バラエティに出ている鈴井貴之を「ぷかぷか」内の「愛の狩人劇場」から「モザイクナイト」まで我慢して何年もずっと観てきましたが、やっぱりどうしようもなくつまらなくて大嫌いになり、
「もう鈴井貴之を観るのはやめた!」
と決めた後「水曜どうでしょう」が始まりました。

それと一緒で、「もうWWF(当時)ビデオ観るのはやめた!」
と言うところで現れたのがヒットマンだったのだと思います。

さぁそれでは、
座長・ヒットマン率いるWWF(当時)マニアツアーを振り返りましょう!

続きを読む »

テーマ : プロレス - ジャンル : スポーツ

次世代を担うのは誰なんだい?

レッスルマニア35も大盛り上がりのうちに終了したようですね。
HOFでは、ヒットマンハート・ファンデーションとして
二度目の受賞!

更に受賞スピーチ時に無名の総合格闘家にタックルされると言う異常事態まで発生(WWEスパスタに紛れ、デイビーボーイスミスJr.もキレて救出に向かいボコボコにしたらしい)!
WWEでこんなことが起こるなんて・・・。


今回は、
そんな色々あったヒットマンの、
WWE王者時代を振り返ってみたいと思います!

今から27年前に行われたサマースラム92からその序曲は始まっておりました。
ヒットマンは当時インタコンチネンタル王者。
世界のベルトを巻いていたのは、ホーガンでもなく、フレアーでもなく、
マッチョマンランディ・サベージでした。

イギリスはロンドン、ウェンブリースタジアムでの開催となったこの大会。
ホーガンが長期休業、WWEステロイド疑惑と苦しい事情が重なり、本国アメリカより当時からプロレス難民が多かったイギリスの方が集客が見込めたと言う事でしょうか?
メインを飾るのはマッチョマンVSアルティメット・ウォリアーの世界戦ではなく、
ヒットマンVSブリティッシュ・ブルドックのインタコンチ戦でした。

8万355人の大観衆が見守る中、地元の英雄ブリティッシュ・ブルドックがタイトル奪取!
ヒットマンの妹でブルドックの妻、
ダイアナもリングに上がり、大団円を迎え大会は大成功となりました。

そして逆説的ではありますが、このタイトル喪失により
いよいよヒットマンが世界タイトル戦線に乗り出す事となるのです!


因みにこの大会は日本でもVHS発売されております。

summer slam92

パッケージに大きく映し出されているのはマッチョマンウォリアー
・・・やはり日本で売る場合には、この二人の世界戦にフューチャーしなければならなかったという事だったのでしょうね。

日本での評価をよそに、サマースラムから約二か月後、運命の試合が組まれます。

続きを読む »

テーマ : プロレス - ジャンル : スポーツ

 | BLOG TOP | 

プロフィール

ハ.ブ.キ

Author:ハ.ブ.キ
80年代のお笑い、プロレス、音楽、漫画に影響を受けすぎてます・・・。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

検索フォーム

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
お笑い
25位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
5位
アクセスランキングを見る>>

ブログ内検索

RSSフィード

リンク