1988年のウッチャンナンチャン

「みなさん~」がレギュラー化される2年前から、特番でアイドルとコントしていたとんねるず。
「夢で逢えたら」が始まる半年前に圭修や、ハイヒール、今田、東野ら2丁目軍団とコントしてたダウンタウン。

ではその頃のウンナンは「テレビ」では何してたんかなぁ~?と思い調べました。

すると・・・

「夢逢え」が始まる3ヶ月前、関東ローカルの深夜ながらコントしてましたよ、テレビでっ!!
1988年7月-、
そう

「笑いの殿堂」!やっぱりフジテレビ!!
(youtubeに動画ありますな)

第一回の出演者は、
・ウッチャンナンチャン
・ピンクの電話
・石塚英彦(ホンジャマカ)
・爆笑問題
・今田耕司
・東野幸治
・野沢直子
・おきゃんぴー
などなど。

オラ当時ビデオ借りて観たんだけど、今田、東野が出てた記憶がないんだよなぁ。
と、思ってたら野沢を含めてこの三人は第一回目しか出てないみたいだね。

オラはこの頃、’’ツービートの再来’’と言われた爆笑問題を注目してみてたんだよなぁ~、特に太田。
でもこの後すぐに干されちゃったけど。

前も書いたけど、「ストライクTV」で太田と石塚がこの時のことを話してた。
「昔ある番組で、何であいつがメインなんだよ!!って、二人で居酒屋で愚痴ってた。」って。
それ、南原のことだよなぁ~なんて思ってた。

この「笑いの殿堂」は、約3ヶ月おきに続いて、舞台化もされた。
89年までに6回放送されて、最後に91年正月にも放送されて終わったらしい。
こっちでも何回か流されたけど、オラはほとんどビデオで観ました。

そしてウッチャンナンチャンは、「夢~」でダウンタウンと、「笑いの~」で爆笑やピンクの電話、石塚とコントをやりながらも、続く89年には、TBSでB21スペシャルと「ギャグ満点」を始める事になるんですねぇ~。Bとはその前身番組の「お笑いベストヒット」からなんだけど、それがよくわからないんだよなぁ〜。各々でネタ見せしてた番組だった気がするんだけど、いつから始まったのかもわかんないし…「ギャグ満点」が89年4月だから半年前だとして88年なんだよな。でも、ネタ番組で半年もやるかな…?謎だ…。

「ギャグ満点」、前は動画あったのに消されちゃってるね・・・残念。

しかし凄いよね、88年からのウンナン。
コント番組ばっかりだもん。しかも当時の人気者、実力者たちとばかり!

で、ウンナンの場合は、
同世代芸人とばかりやってる!のに、いずれもメイン!

「夢~」にしたって、明らかにダウンタウンが抑えてたからウッチャンナンチャン色がかなり強いもんね。

アイドルや後輩相手にコントしてたとんねるずやダウンタウンは、必然的にリーダーになったり、自己主張して自分達で笑いを作っていかなければならないけど、同世代芸人たちに囲まれたら、頼ったり任せたりしてしまう事もあると思うんだよね。仲間意識が働くから。その逆に羨まれたり、嫉まれたりする事もあったと思う。ウンナンは人気凄かったし、笑いがライトだったから特に。
そんな中でも、しっかりメインを張ってそれをキープし続けたウンナンって実はかなりハートが強いんじゃないかな?

この88年以降、スタジオコントの魅力にハマった内村が今だにコントを続けてるのは凄いね。

でもウンナンでのコントや、夢だけど、ダウンタウン、とんねるずとも一緒にコントしてくれたら最高だよな。

なんとか叶わないかなぁ、この夢。

フジテレビなんとかしてくれないべか?

ないべな…。
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1988年10月13日

「とんねるずのみなさんのおかげです」
第一回放送を改めて観ました。
これ、火曜ワイスペのやつかな?リアルで観た記憶があるなぁ。



しっかし、もうひっどいね^^;
グッダグダ!
勢い任せで噛みまくり、間もヘッタクレもないよね。下ネタとダジャレばっかりだし^_^;

でも、会場に熱がある。みんなとんねるずを求めてる感じが凄い伝わってくる。
チェッカーズとのコントは今で言えばエグザイルとコントしてるようなもんだし、中山美穂との絡みは今で言えば武井咲かな。
意外とトシちゃんの滑舌が良くてビックリ。カックラキンのパロディMCなんか超聞きやすかったな。

で、これ調べたら86年11月みたいなんだよね。
中2か・・・。
こんなの憧れちゃうよなぁ~。

そしてこの2年後。88年の4月にこんな番組もやってました。



ダウンタウンはやっぱり関西吉本って事もあり後輩芸人とのコントが多かった。
最後の全員コントはやっぱりグダグダだったけど、最初のコントは実験的だし、仕掛けてるよね。当時としてはすごく新しい事やってたよ。

確かオラの記憶では、圭修と一緒とはいえダウンタウンにとってこれが全国初ゴールデンのはずなんだよな、メインでは。
もちろんこれもリアルで観てる。圭修のネタも覚えてるもん。


そして・・・

この年に、

「とんねるずのみなさんのおかげです」がレギュラー放送を開始し、
「夢で逢えたら」が関東ローカル、深夜ながらレギュラー放送を開始したんだよね。

88年・・・高校2年か・・・。

実はこっちでは「夢逢え」は3ヶ月遅れで火曜深夜にやってたけど、キー局のフジでは木曜深夜に始まったんだよね。

で、よく調べてみたら…、


1988年10月13日の夜9時に「とんねるずのみなさんのおかげです」が始まって、その約5時間後の深夜2時5分に「夢で逢えたら」が始まったわけなんですよ!!

なんと同じ日の同じ局!!

とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンのその後の芸人人生を左右する運命の番組が、同日に始まったんだと思うと凄く感慨深い・・・。

オラは徐々にみなさんにノレなくなって、夢逢え信者になっていったんだけどね^_^;

これが深夜時代の夢で逢えたらです。


でも高校生時代にこの3組がいてくれて良かったよ。本当青春でしたわ。

…しかし凄い日だよなぁ〜。

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みなさん打ち切りで、とんねるず引退?

「とんねるずのみなさんのおかげでした」ってもう何年やってるんだっけ?
いや、「~おかげです」から「ラスタとんねるず」、「〜本汁でしょう」も合わせると28年くらいなのかな?
迷走状態のフジなら本当に打ち切る可能性もあるよね。

・・・って事で、みなさんについて思い出話。
みなさんが始まった頃って、本当にお笑いが変革期にあった時期だと思うのよ。

ドリフや欽ちゃん、ひょうきんを夢中で観ていた小学生が、中学、高校に入った時期と重なるんだよね。
思春期、反抗期、ジャックナイフになった子供たちは、もうドリフや欽ちゃん、ひょうきんにすら興味を持てなくなっていくわけだよ。

そんな思春期のお笑い好きを、「一気」に惹きつけたのが、
「とんねるずのみなさんのおかげです」
だったんだ。

とんねるずと言えば、ダウンタウンやウッチャンナンチャンと不仲だとか共演NGだとか言われていたけど、
何のことはない、昔っからとんねるずは本っ当~に他の芸人との共演がないんだよ。
ダウンタウンやウンナンに限らず。


今でこそ中堅・若手と共演しておんぶに抱っこ状態だけど、本当芸人と絡むこと自体マレだったんだよ、とんねるずって。
みなさん以前にはそれこそ「一気」でひょうきん出たり、オールナイトフジや夕やけにゃんにゃんで片岡鶴太郎と一緒になったり、さんまや鶴瓶と野球したりしたけど、歌がヒットして以降お笑い番組より歌番・・・そしてラジオが活動の中心になっていくんだよな。だから必然的に他の芸人とは絡まない。絡む事も、絡む必要もなくなっていくんだよね。


歌とラジオでジワジワコアなファンを増やしていって、みなさんで大爆発するわけだ。

そこでもやっぱり芸人は使わない。
使うのはアイドルとスタッフのみ。そこでパロディコントをする。
劇場や番組で芸人たちとは交流がないわけだから、歌番で交流を持ったアイドルたちと番組をやるのは必然だったんだろうね。


でもこの手法って、実はドリフ+欽ちゃん+ひょうきんなんだよね。

アイドルとコント=ドリフ
スタッフ(素人)をネタにする=欽ちゃん
パロディコント=ひょうきん族

お笑いではなく歌番に多く出演した結果、そういう番組になってしまったのだと思う。
よくよく考えると初期のみなさんは、ゲストのアイドルが歌うコーナーもあってドリフ大爆笑みたいだったもんね。


ただ色々新しい事もやってた。

・・・たとえば、
テロップを初めて使った事!

今ではいろんな番組で当たり前になってるテロップ。
これを最初に笑いとして効果的に使ったのがみなさんだったと記憶してる。
本当、当時「面白い事するなぁ~」って思って、強烈に印象に残ってるんだよ。
凄く衝撃的だった!

高校1年生のころにレギュラー放送を開始したみなさんは、当時クラス全員が・・・いや学年全員が・・・いや、学校の8割、9割が必ず観る番組になっていった。

一大ムーブメントとなった仮面ノリダーは、ひょうきん族にも影響を与えていた。
さんまが「かめへんライダー」というコーナーを作ってやったんだ。・・・ひょうきんが末期に陥った時期だった。
両番組の人気は当然のように反比例していった・・・。

けど!

実はとんねるずは、「お笑い」の天下人を討ち取ってはいない。
ドリフ、欽ちゃんを倒したたけしや、そのたけしを一瞬でも倒したダウンタウンとは違う。

とんねるずはひょうきんを倒したわけじゃないんだ。

とんねるすが倒したのは「ザ・ベストテン」だった。


バラエティ番組の王様の座を、「歌謡曲番組」から奪い取り、「お笑い番組」こそがバラエティ番組の王様なんだよ!


・・・そう吼えたのがとんねるずであり、「とんねるずのみなさんのおかげです」なんじゃないかな?
同じお笑いを相手には戦わず、歌番組・・・芸能界を相手に戦った(遊んでた?)ような感じがするんだよなぁ、とんねるずって。

いつの間にか20数年が経って、「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!」も「ダウンタウンのごっつええ感じ」もとうの昔に終わってしまった。
「オレたちひょうきん族」だって8年くらいで終わってる。
それでも未だに続いてるのが「みなさん」。


昔のようにコントもしなくなって、飯食ってるか、後輩に任せっきりにしてるかのどっちかだけど
終わるとなれば気になる。

昔の動画でも観てみようかなぁ~。


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続・新・のび太の日本誕生に行った

オラが子供の頃に行ったドラえもん映画は、

「のび太の恐竜」
「のび太の宇宙開拓史」
「ぼく、桃太郎のなんなのさ」
「のび太の大魔境」
「のび太の海底鬼岩城」

まで。

大人になっても藤子漫画は好きだったけど、さすがにドラえもん映画はこれ以降観に行かなくなってた。

だから今回の日本誕生がリメイクと知ったのは観に行く直前でした。
全く予備知識が無い状態で観た今回の映画・・・

すっごい面白かった!!

去年のスペースヒーローズやスタンド・バイ・ミー ドラえもんなんかより全然よかったよ!

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新・のび太の日本誕生に行った

日曜日に観て来ました!

去年は長男と二人で、今年は長男・次男と三人で、子供が生まれてから二度目のドラ映画。
・・・そう、二度目なのだ・・・

がっ!!

映画館に着くと長蛇の列・・・。開演時間10分前くらいについても大丈夫だろうとタカをくくっていた・・・。
よく考えたら去年も時間に間に合わず長男と隣のデパートで二時間つぶしていた記憶が・・・我ながら学習能力が無いぜっ!!

・・・と言うわけで、来年はこんな事が起きないようブログに綴っておこう!と思います。

で、長蛇の列に並ぶこと20分。モニターに映し出されるドラえもんの空席状況は×だ。
さて、今回は次男も連れてきてる。しかもはじめての映画だ。去年のように二時間待たせるのは無理だ・・・どうしたもんかな・・・。

「どちらの作品になさいますか?」
「えぇ~と、ドラえもん空いてないですもんね・・・?」
「え~、かなりぎちぎちですけれど空いてますよ」
「ほ、本当ですか!?」

「・・・ただ・・・」
「ただ?」
「お席がバラバラになってしまうのですが・・・」

大丈夫ですっ!!

オラが悩む間もなく、長男が勢いよく話す。
いち早く観たいと言う思いが強かったのだろう。オラの心配をよそに、

さ、早く入ろう!
「あ、あぁ・・・」

まぁもうすぐ小3だしね。そんなもんだよね。

ちょうど映画CMが終わりかけていたタイミングに中へ。
「じゃあ、おと(私の事ね)たちはすぐ後ろにいるからな。」
「わかった、後でね。」

次男を膝の上に乗せ、席に着いた。
「あれ?おにいちゃんは?」
「うん、前にいるよ。暗いけど怖くない?」
「大丈夫。おかしちょーだい!
「あ、はい・・・。」
更に中が暗転した。
いよいよ始まるらしい。


では、新・のび太の日本誕生ネタばれに続きます・・・

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じくじり先生観ちゃった。

つまんない試合でしたなぁ~。

…でも、今日の負けで三兄弟の中で本当の実力者に生まれ変われる可能性もあるよね。
腹切ったつもりでタイでもメヒコでも行ってボクシング修行してほしいな。

まだ18才。プロ11戦。世界ランク14位。

ハッキリ言って世界戦自体が無謀もいいとこ。
ポテンシャルは高いんじゃないのかな?

亀田家、TBSから離れて一からやり直してほしい。亀田兄弟で唯一の挫折をまだ18で経験したんだから大化けすると思うんだけどなぁ~。


…希望的観測かな…


↑これ、内藤戦後にmixiに投稿した日記です。
この後、なんだかんだいっても世界のベルト巻いて、二階級制覇したんだからやっぱり努力はしたんでしょうな。
今回の大毅観て、

「なんてイイ子なんだ!」

と思ってしまったよ^^;おもろかったし。

3.11

今日は3.11なので、この曲を聴いて下さい。
「満月の夕」



阪神淡路大震災から1ヶ月後の満月の夜に書かれたこの曲。
東北でも歌い継がれました。



柴田勝頼もファンだと言うBRAHMANと一緒にセッションしたときの映像です。


で、東北の被災地を回ってる時に、「子供たちの知ってる曲を演ってほしい」とのリクエストがあり始めた曲
「アンパンマンのマーチ」



アンパンマンのマーチって凄い良い曲だったんだなぁ〜。

それではおやすみなさい。

不死鳥が…

あぁ・・・本当に悲しいな・・・。

あのハヤブサが亡くなってしまうなんて・・・。

もしも、ディレクTVが日本で順調に軌道に乗っていれば、新生FMWこそが今頃業界の盟主に君臨していたと、オラは今でも思っています。
今のDDT、大日本、ドラゲー、新日のいいところ全部持っていたのが新生FMWだったのだから。

でも新生初期のハヤブサの試合運びにオラは不満を持っていました。
ハヤブサ自身は、
「お客さんのために飛び続ける!!」
と、何の出し惜しみもなくフェニックススプラッシュさえチャンスがあれば出し続けてた。
オラはそれが凄く嫌だった。どんどん萎んでいく身体。筋肉。怪我だらけで飛び続けてるハヤブサに痛々しさを感じていたんだ。
「フェニックスはビッグマッチ限定でいい」「身体に負担をかけず、つなぎの打撃技を大切にして試合を作ってほしい。」
そう願っていた。

だからH(エイチ)に変身したときは本当に嬉しかった。ハヤブサのように飛ばなくなったHには力強ささえ感じたんだ。
そしてHは本当、棚橋のキャラを先取りした選手で棚橋のような存在になりえたはずだった、間違いなく!

…けれど、ファンはやっぱりハヤブサを求めてしまったんだよな・・・。
ただ復活したハヤブサは主なフィニッシュをファイヤーバードスプラッシュにして少しだけ出し惜しみするようになってた。
オラは凄くよくなったなと思った。
だからその後の団体経営が残念すぎた…。


オラは新生の札幌大会は全部行った。グラジ戦もグリーンドームでやったやつも。
その中で特に印象に残ってる試合は、アジアタッグ戦・ハヤブサ&人生対田中&黒田。エンタメ路線真っ只中での試合。
凄くいい試合だった。確か週プロの表紙をこの4人で飾ったはず。オラが会場で大声出した最後の大会だと思う。

後、やっぱり忘れられないのはこの試合。
札幌中島体育センター別館最後のプロレス興行。
ハヤブサ対ミスター雁之助。









これ、映ってないけど、最後リングサイドに駆け寄って叫んだよ!!
隣でハヤブサのマスクを被っていた女の子も叫んでた。
「リッキー助けろよっ!!」
って。
…でも、その娘と今も隣にいる事になるとは思いもしなかったな。

この次の旭川大会でHが初登場して初めてあの言葉が生まれたんだよなぁ~。

「お楽しみはこれからだぁーっ!!」

・・・うん。
お楽しみはこれからだと思ってたよ。
本当に残念だ。
本当に不運の人だったと思う。



ハヤブサさんのご冥福をお祈りします。

お楽しみはこれからだぁ〜っ!!

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80年代のお笑い、プロレス、音楽、漫画に影響を受けすぎてます・・・。

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