2日前の2月20日は、アントニオ猪木さんの生誕80周年でしたね。
てなわけで、
今回は相当遅いアントニオ猪木追悼記事を書いていきます!
ワタクシは、
アントニオ猪木が大嫌いでした!!
本当に嫌いで超アンチ猪木になったので御座います!
でも、元々ワタクシは誰にも負けないほどの猪木ファンでした…
そう、誰にも負けないほどアントニオ猪木の事が大好きだったんです!!
少年時代は、猪木が負けた時は吐き気を催したり、眠れなかったりしたもんです。
でもね、ものっ凄く嫌いになったんですよ…。
例えるなら、
大好きだった母親でも大人になったら、
「この人の思想や価値観はどうしても好きになれないし、
間違っているよな…。」
と思ったら気持ちが離れちゃうんですよ。
逆に言えば大好きな母親だからこそ、
大人になり自分の価値観が形成された時、
「なんでそんな酷い事言うの?
なんでそんな頭硬いの?
なんでそんな思考なの?」
とガッカリさせられてしまうのですよ。
ワタクシにとって、
アントニオ猪木とはそう言う存在だったのだと
今更ながら強く思うのです。
てなわけで、
今回は相当遅いアントニオ猪木追悼記事を書いていきます!
ワタクシは、
アントニオ猪木が大嫌いでした!!
本当に嫌いで超アンチ猪木になったので御座います!
でも、元々ワタクシは誰にも負けないほどの猪木ファンでした…
そう、誰にも負けないほどアントニオ猪木の事が大好きだったんです!!
少年時代は、猪木が負けた時は吐き気を催したり、眠れなかったりしたもんです。
でもね、ものっ凄く嫌いになったんですよ…。
例えるなら、
大好きだった母親でも大人になったら、
「この人の思想や価値観はどうしても好きになれないし、
間違っているよな…。」
と思ったら気持ちが離れちゃうんですよ。
逆に言えば大好きな母親だからこそ、
大人になり自分の価値観が形成された時、
「なんでそんな酷い事言うの?
なんでそんな頭硬いの?
なんでそんな思考なの?」
とガッカリさせられてしまうのですよ。
ワタクシにとって、
アントニオ猪木とはそう言う存在だったのだと
今更ながら強く思うのです。
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皆さま明けましておめでとうございます!
本日2/19日はプロレスの日で御座います!
プロレスの日なので
実は本日、道立図書館に行く機会が御座いました。
…と言うのも、4月に高校生になる長男が、
道立図書館近くの高校でサッカーの練習がありまして、
その送り迎えの待ち時間に立ち寄ったわけです。
本日はプロレスの日ですので、
以前、古本屋で読んだ
崩壊直前だった東京プロレス時代のアントニオ猪木と、
インター王者として日本プロレスを引っ張り、
国民的人気を誇った不動のエース・ジャイアント馬場の対談記事を
探そうと思ったのです。
東プロ崩壊直前って事は1967年の記事かな?
と検索をかけ調べていったのですが、
表紙や巻頭を観てすぐ、
「あれ?こんな白黒の巻頭じゃなかったような…」
と感じてしまいました。
しかしこの時代のプロレス専門誌は『プロレス&ボクシング』のみ!
「あの古本屋で読んだのとはなんか違うよなぁ~。
巻頭はカラーだったはずなのに、全部白黒だし…。」
と違和感を覚えつつ、
66年3月号から67年6月号辺りまで調べました。
本日2/19日はプロレスの日で御座います!
プロレスの日なので
実は本日、道立図書館に行く機会が御座いました。
…と言うのも、4月に高校生になる長男が、
道立図書館近くの高校でサッカーの練習がありまして、
その送り迎えの待ち時間に立ち寄ったわけです。
本日はプロレスの日ですので、
以前、古本屋で読んだ
崩壊直前だった東京プロレス時代のアントニオ猪木と、
インター王者として日本プロレスを引っ張り、
国民的人気を誇った不動のエース・ジャイアント馬場の対談記事を
探そうと思ったのです。
東プロ崩壊直前って事は1967年の記事かな?
と検索をかけ調べていったのですが、
表紙や巻頭を観てすぐ、
「あれ?こんな白黒の巻頭じゃなかったような…」
と感じてしまいました。
しかしこの時代のプロレス専門誌は『プロレス&ボクシング』のみ!
「あの古本屋で読んだのとはなんか違うよなぁ~。
巻頭はカラーだったはずなのに、全部白黒だし…。」
と違和感を覚えつつ、
66年3月号から67年6月号辺りまで調べました。
いやぁ~、昨日10日は日本中に”ドラゴン旋風”が巻き起こりましたね!
ワタクシがこの曲を初めて”歌詞入り”で聴いたのはこの時。
”コサキンワールド なんでもねんだよゲベロッチョ~”です!
今回のNHKの英断は、
プロレスファンのみならず、コサキンリスナーも驚愕させた事でしょう!
(ただ個人的に一番驚いたのは、
とても75歳とは思えない、
麻里圭子さんのビジュアルでした(^-^;)
そして多くのコサキンリスナーは、
♪マッチョドラゴン
の後に
頭の中で”チョワヨ~ン”と歌った事でしょう!
森雪之丞さんは藤波の事を”マイクを持った小学生”ではなく、
”マッチョエンジェル”と讃えておりましたね!
素晴らしい大人です^^
そんなわけで今回は、”レスラーと唄”について書いてみたいと思います!
さあ、いよいよ明日は「1オクターブ上の音楽会」がNHK総合で23:30〜オンエアされます!ドキドキするな〜!37年ぶりのマッチョドラゴン一生懸命歌ったので、ぜひ楽しんで観てください! ※写真:NHK提供 pic.twitter.com/2gej7n4ci0
— 藤波辰爾 (@dragondradition) September 9, 2022
ワタクシがこの曲を初めて”歌詞入り”で聴いたのはこの時。
”コサキンワールド なんでもねんだよゲベロッチョ~”です!
今回のNHKの英断は、
プロレスファンのみならず、コサキンリスナーも驚愕させた事でしょう!
(ただ個人的に一番驚いたのは、
とても75歳とは思えない、
麻里圭子さんのビジュアルでした(^-^;)
そして多くのコサキンリスナーは、
♪マッチョドラゴン
の後に
頭の中で”チョワヨ~ン”と歌った事でしょう!
森雪之丞さんは藤波の事を”マイクを持った小学生”ではなく、
”マッチョエンジェル”と讃えておりましたね!
素晴らしい大人です^^
そんなわけで今回は、”レスラーと唄”について書いてみたいと思います!
本日、週刊少年マガジン 36.37合併号が発売されました。


36号…
アレから40年…。
そう、とうとうこの日がやってまいりました!
『コータローまかりとおる!』連載開始40周年記念日で御座います!!
これが40年前の週刊少年マガジン 36号の表紙!!

最近、何かと暗い話ばかり増えておりますので、
気持ちを切り替えて、夏男・功太郎よろしく、明るく能天気に参りましょうっ!!
因みに、皆さんは『コータローまかりとおる!』は連載終了したものと勘違いしておりませんか?
確かに現在連載休止中ですし、『コータローまかりとおる!L』連載が載っていたマガジンスペシャルも廃刊となり、
事実上の連載終了中なのですが…
しかし!!
蛭田先生は引退もしておりませんし、講談社への貢献度を考えれば、
月刊誌や青年誌にだって連載再開は可能なはずなのです!
最悪、ネット配信だって出来るでしょう。
そして皆さん、誤解しないで欲しいのですが、
「『コータロー』って、一回連載終了して、『新』になり、『L』へと続いたんでしょう?」
とお思いではないですか?
実際はそうではありませんっ!
違うのですっ!!
実は『コータロー』は連載が途切れた事はなく、ずっと続いておりました!!
勿論、部構成でしたので休載は挟んでおりますが、
『キン肉マン』や『キャプテン翼』、『修羅の門』シリーズや『バキ』シリーズ、『GTO』や『特攻の拓』のように
”連載終了後に復活!!”
ではなく、
最終回を迎えた事は一度もないのですっ!!
今では『旧コータロー』と呼ばれる『コータローまかりとおる!』第7部の終了回が載った
週刊少年マガジン 1994年34号が手に入りましたので、
それを紹介ながら、お話ししたいと思います!
少年マガジン 1994年 34号

36号…
アレから40年…。
そう、とうとうこの日がやってまいりました!
『コータローまかりとおる!』連載開始40周年記念日で御座います!!
これが40年前の週刊少年マガジン 36号の表紙!!

最近、何かと暗い話ばかり増えておりますので、
気持ちを切り替えて、夏男・功太郎よろしく、明るく能天気に参りましょうっ!!
因みに、皆さんは『コータローまかりとおる!』は連載終了したものと勘違いしておりませんか?
確かに現在連載休止中ですし、『コータローまかりとおる!L』連載が載っていたマガジンスペシャルも廃刊となり、
事実上の連載終了中なのですが…
しかし!!
蛭田先生は引退もしておりませんし、講談社への貢献度を考えれば、
月刊誌や青年誌にだって連載再開は可能なはずなのです!
最悪、ネット配信だって出来るでしょう。
そして皆さん、誤解しないで欲しいのですが、
「『コータロー』って、一回連載終了して、『新』になり、『L』へと続いたんでしょう?」
とお思いではないですか?
実際はそうではありませんっ!
違うのですっ!!
実は『コータロー』は連載が途切れた事はなく、ずっと続いておりました!!
勿論、部構成でしたので休載は挟んでおりますが、
『キン肉マン』や『キャプテン翼』、『修羅の門』シリーズや『バキ』シリーズ、『GTO』や『特攻の拓』のように
”連載終了後に復活!!”
ではなく、
最終回を迎えた事は一度もないのですっ!!
今では『旧コータロー』と呼ばれる『コータローまかりとおる!』第7部の終了回が載った
週刊少年マガジン 1994年34号が手に入りましたので、
それを紹介ながら、お話ししたいと思います!
少年マガジン 1994年 34号
